2017年11月26日

第66回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局  忠夫

 11月13日(月)に第66回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク(GW)を開催しました。その日は、朝は寒かったのですが、日中は暖かくて外を歩くと少し汗ばむ程でした。
 今回は、Aさん(男性)にスタッフを加え、総勢3名のこぢんまりとしたGWでした。Aさんは、6年まえにサークル「囲炉裏」がスタートしたときから、年に1〜3回のペースで「安心・安全な居場所」を見つけるためのGWに顔を出してくれるなじみの方です。今回のサークル「囲炉裏」GWには、予約なしに飛び込んでこられましたが、すぐに、その場に融けこんでくれました。Aさんにとっては、サークル「囲炉裏」GWの場が「安心・安全な居場所」になっているのでしょう。

 GWでは、参加していただいた方やスタッフの間で、言葉のやりとりが行われます(コミュニケーション)。コミュニケーションには、話者のもっている「情報」を相手に伝える力だけでなく、話者の「情動(感情)」を相手に伝える力があります。
 GWでは、話者の「情動」を大切にします。GW経験者の多くの方は、言葉の調子・声の大きさ・声の高さ・言葉を発するときの表情などに現れる話者の情動に寄り添いながら、言葉のやりとりに参加します。
 GWで、周りの人が話者の話をしっかり聴こうとし過ぎると、話者の肩に力が入ってしまい、思ったことの半分もしゃべれなくなります。
 まだ、言葉になっていない話者の「情動」に寄り添い「ユッタリ」と聴く、聴いている人が「言葉になっていない話者の情動・情報を先取りして、言葉にしてしまう」のではなく、話者自身がそれを言葉にするのを「ユッタリ」と待つ、そういうことができるのが、こぢんまりしたGWの醍醐味だと思います。
 話者が直面している難問への(対症療法的な)解決法を周りの人と共に探すことを主な目的とするのでなく、GWの場にいるみんなが、困難な問題にみずから積極的にとりくみ、これを処理していけるだけの力を身につけるようになること、これがサークル「囲炉裏」GWの目指すところです。

 サークル「囲炉裏」スタッフは、これまで参加していただいた方々の言葉に含まれる「情報」だけでなく、参加していただいた方々の「情動」を心の中に蓄えて、これまでの参加者とともに「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワークに参加したいものだと願っています(この願いは、なかなか、達成されませんが)。
 そうすることにより「安心・安全な居場所」を見つけるためのGWは、(少しずつですが)成長を続けることが出来ると思うのです。これまでサークル「囲炉裏」GWに参加されたお一人・お一人が、サークル「囲炉裏」GWの場を、その場に参加している人たちと共に育んでいるように感じます。

 今回の参加者Aさんの発言に「後ろ盾」という言葉がありました(参照:サークル「囲炉裏」第67回GWの案内メール、2017/11/15発信)。この「後ろ盾」は、サークル「囲炉裏」がもともと持っていたモノではなく、Aさんを含む、これまで参加していただいた多くの方々が、サークル「囲炉裏」GWの場で育ててきたモノなのです。

 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?
posted by サークル「囲炉裏」 at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年10月22日

第65回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

毛利


今月の13日に、第65回のグループワークがありました。
今回は初参加の方が2名来てくださり、
スタッフや途中参加の方も加えて、5名でのワークとなりました。

ゆったりと、それぞれの話すペースを大事にしながら、
聴き合い、語り合う時間を過ごさせてもらえました。

そして最後には、ほっこり温かな空気が流れていました。
まさに、これぞグループワークの醍醐味だなぁと思わずにはおれないほど、
今回のワークは内容の濃く、そして温かいものだったように感じました。

とても抽象的な表現で申し訳ないのですが、
贅沢な時間を過ごさせてもらい、帰りには身も心もホクホクしていました。

さて、来月はまた、一段と寒くなっているかと思いますが、
よろしかったらサークル「囲炉裏」で、
安心・安全な居場所を体感してみませんか?
posted by サークル「囲炉裏」 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月20日

第64回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局  忠夫

 9月9日(土)にサークル「囲炉裏」の第64回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク(GW)を開催しました。その日は、日中に外を歩いていると少し汗ばみ、残暑を感じる一日でした。今回は、久しぶりに参加していただいた女性2名を加え、総勢5名のGWでした。

 久しぶりに参加していただいた方々は、それぞれに、まえに参加していただいたときとは異なる環境(職場など)で活動しておられ、新しい環境下での取り組みについて、考えを整理しつつ語ってくださいました。

 久しぶりにサークル「囲炉裏」GWの場に戻り、心に浮かんだことを自分のペースで話される様子をみて、サークル「囲炉裏」GWの存在意義を感じました。

 私的な話になりますが、今回のGWのつぎの日から5日間、アルツハイマー型認知症のお年寄りのところに行って、共に時間をすごしました。その経験は、認知症に対するこれまでの私の誤解を改める機会となりました。

 認知症に関する記事が、毎日のように、新聞・雑誌に出ています。「自分の周りに、認知症患者がまったくいない」という人は少ないのではないでしょうか。認知症は「治療が困難な病気で根本的な治療法はない」と言われています。私は、「いったん認知症にかかってしまうと、彼らがイメージする世界は、私たちが見ている世界(現実)から遠ざかる一方だ」と誤解していました。

 これまで、例えば傾聴ボランティア活動で、認知症のお年寄りと話をするときには「こんなことをして何になるのだろう」と思いながら、彼らのイメージする世界に入り(話を合わせ)、その中で共に遊んでいました(いつもというわけではないのですが)。つまり、「一分前に言ったことを忘れてしまう。何を言っても無駄だ。彼らの頭には何も残らない」と諦めていたのです。

 今回、接触した認知症のお年寄りは、数年まえには、自分のモノが見つからなくなると「盗られた」と思い、しばしば、そのことを口に出していました(物盗られ妄想)。今回は、5日の間に、何回か、預金通帳が見えなくなることがありました。けれど、そのお年寄りは「預金通帳がなくなった」と言うだけで、「盗られた」とは言いませんでした。

 「盗られた」のではなくて、「どこにしまったのかを忘れてしまった」と思っているようでした。一緒に探すと、タンスの引き出しから出てきたことも、手提げ鞄から出てきたこともありました。そのお年寄りは、この数年間に「物忘れをしたときに、自分が物忘れをしたことを認めてもよい」ということを学んだのでしょう。

 その学びには、周りの人たちがそのお年寄りの言葉を(同じことの繰り返しであっても)最後まで聴く必要があっただろうと思います。

 自分の言葉を否定されることなく最後まで聴いてもらえる環境(これが「安心・安全な居場所」です)の中で暮らしていると、その人は「どんなことをしゃべっても、聴いてもらえる」という安心感をもつようになります。

 そのお年寄りは、最後までていねいに聴いてもらえる人たちに囲まれていたので「自分の記憶力の低下をかくす必要はない」と思うようになり、そのイメージする世界を、ユックリと、私たちの考える世界(現実)に近づけていったのでしょう。

 たとえ器質的な変化(萎縮など)が脳におこっていても、そのお年寄りは、その変化の中で、成長を続けることができたのだと思います。「安心・安全な居場所」を見つけることができれば、みんな成長力を発揮できるということに、改めて気づかせてもらった5日間でした。

 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?
posted by サークル「囲炉裏」 at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記