2016年11月30日

第54回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局  忠夫

 11月25日(金)に、第54回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク (GW) を、直行寺さん(宇治)で開催しました。今回のGWは、総勢6名でした。このところ、サークル「囲炉裏」では、この程度の人数でGWを行うことが多くなっています。

 「こころ」に溜まっていることを整理したり、はき出したりするために、久しぶりに、サークル「囲炉裏」のGWに参加してみる。あるいは、以前、サークル「囲炉裏」のGWに参加したが、それ以降の状況を報告してみたくなった。こんなリピーターの方が、少しずつ増えてきました。これらの方々は、GWをとおして、サークル「囲炉裏」に「安心・安全な居場所」を見つけられたのかも知れません。

 ラッシュ時に道を歩いているとき、私たちは多くの人たちとすれ違います。私たちは、すれ違っていく人たちに対して、ぶつからないように気をつけるぐらいのことはします。しかし通り過ぎてしまえば、すれ違った人たちは記憶にさえ残りません。

 私たちはラッシュ時に道を歩いていて「ここは、安心・安全な居場所だ」と感じることはないでしょう。それでは、私たちが「ここは、安心・安全な居場所だ」と感じるのは、どんな場合なのでしょう。

 スピリチュアルケアの分野に「一人称の死」「二人称の死」「三人称の死」という言葉があるそうです。「一人称の死」は、もちろん、自分の死です。「二人称の死」は、家族・ごく親しい人・心から尊敬している人などの死で、「三人称の死」は、赤の他人の死です(忌み嫌っている人の死を、ここに含めてもよいでしょう)。先ほどあげた、道で、偶然、すれ違った人の死は「三人称の死」になります。

 一人称・二人称・三人称という言葉を借用すると、私たちは「二人称の人」に囲まれているとき、はじめて「ここは、安心・安全な居場所だ」と感じるのではないでしょうか。ラッシュ時の道を歩いているときは、「三人称の人」ばかりに囲まれているため、私たちは「ここは、安心・安全な居場所だ」と感じることはないと考えるのです。

 状況しだいで、家族が「二人称の人」から「三人称の人」に変わることもあるし、「三人称の人」が「二人称の人」へと変わることもあります。

 サークル「囲炉裏」のGWにはじめて参加するとき、その人は「三人称の人」たちに囲まれることになります。まわりにいる「三人称の人」が「二人称の人」に変わらないかぎり、サークル「囲炉裏」は「安心・安全な居場所」になりません。

 まわりにいる「三人称の人」と信頼関係をつくってもらい、支え・支えられる新しい関係をつくってもらうために、サークル「囲炉裏」のGWでは、幾つかのルールを設けています(GWで聴いた話しをよそでしゃべらない、参加者それぞれの思いや感情を大切にする等)。

 また、ファシリテーター(進行係)は、親身になって、はじめて参加された方の「ことば」や「沈黙」に寄り添い、その方を「二人称の人」としてGWに迎えます。GWで、こころに溜まっていることを話し(=放し)、まわりの人の話しを聴くうちに、その方はGWに暖かく迎えられていることを感じるようになるかも知れません。

 そうなると、はじめて参加された方のこころの中で、まわりにいる「三人称の人」が「二人称の人」へと、徐々に変っていくのです。この変化を、短時間(3時間程度)のうちに、可能にするのは、少人数(総勢5名前後)でGWを行うことにあるように感じています。


 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?

posted by サークル「囲炉裏」 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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