2017年03月28日

第58回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局  忠夫

 3月18日(土)に第58回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワークを開催しました。 最初は、スタッフ2人で、サークル「囲炉裏」グループワークやカウンセリングに対する、それぞれの想いを語り合いました。 途中から直行寺の副住職さんが話の輪に入られ、心に残るグループワークとなりました。

 今回のブログでは、少し、個人的なことを書こうと思います。去る24日(金)に、ある老人ホーム(静岡県)を訪問しました(2泊3日)。その老人ホームには、私の叔母(97歳)が、20年以上、お世話になっています。400名近いお年寄りが暮らす大型の老人ホームです。

 私たち夫婦は、老人ホームの食堂で、叔母と同じ料理を頂きました。私は、そこで出される料理に調理人さん達の「自己主張」が感じられないことに気づきました。有名レストランで出される料理には、しばしば、「懐石料理とはこういうものだ」あるいは「これがフランス料理だ。美味いだろう」等というシェフの自己主張(自信)を感じることがあります。しかし、その老人ホームでは、それを感じることがなかったのです。

 その老人ホームで出された料理は、家庭料理といえば良いのでしょうか。家庭料理では、主婦(あるいは、主夫など)が、家族の顔を思い浮かべながら「皆に喜んでもらえるよう」「皆の心身の健康を願って」調理します。それを頂くのは、彼・彼女・彼ら・彼女らという3人称の人たちではなく、共に暮らす2人称の人たち(あなた・あなたがた)あるいは1人称の「私」です。

 その老人ホームでは、献立を考える人・調理をする人が400名近い2人称の人たち(あなた・あなたがた)の顔をこころに思い浮かべながら、献立を考え・調理しているのでしょう。これまでも、何回か、その老人ホームの食堂で、叔母と一緒に、食事をしたことがあります。でも、献立を考える人たち・調理する人たちの自己主張のなさに、気づくことはありませんでした。年齢とともに、身の回りの人たちの「こころ」に敏感になってくるのかも知れません。

 私の叔母は、出されたお料理の90%以上を、ユックリと味わいながら頂いていました。「97歳にして、この食欲」と驚きました。栄養をとるというより、調理人さん達の「こころ」を頂いていたのかも知れません。

 私は、主にカウンセリング研修の中で、グループワークのファシリテーターはどうあるべきかについて学んできました。しかし、叔母のお世話になっている調理人さん達に、グループワークのファシリテーターとして、見習うべき心構えがたくさんあることに気づきました。ファシリテーターとしての学びの場を老人ホームだけでなく、もっともっと、身の回りに見つけて、「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワークに活かしたいと願っています。

 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?

posted by サークル「囲炉裏」 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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