2017年07月21日

第62回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局  忠夫

 7月15日(土)に第62回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク(GW)を開催しました。この時季、 京都市内は祇園祭の行事に押しかけた国内外からの観光客でいっぱいです。しかし、サークル「囲炉裏」GWが行われる直行寺さんの室内には、ユッタリとした空気が流れています。
 今回は、総勢3名のGWでした。このところ、総勢2〜5名のGWが続いていますが、スタッフは、参加者の方々に少人数のGWでしか、つくり出せないユッタリとした雰囲気を味わっていただきたいと願っています。

 サークル「囲炉裏」GWの輪に加わって、参加者・スタッフの話しを聴く。そして、自分の心に浮かんでくる想いを観察して、その想いを発言する。しかし、最初に浮かんできた想いが、自分の「本音」とは限らない。つぎに浮かんでくる想いを待って、さらに発言する。
 GWでは、自分の心に何が浮かんでくるかに注目しながら、自分の発言や他の参加者・スタッフの発言を聴いていきます(自分の発言を自分の耳で聴くことも重要です)。
 すなわち、GWの場における発言は、相手を説得するための「自己主張」ではなく、自分の心に浮かんできた想いを語る「自己表現」なのです。
 GWの場で、自分や他者の「自己表現」を聴きながら、さらに深いところにある本当の自己(「本音」)を探していきます。
 少人数のGWでしかつくれないユッタリとした雰囲気が、このことを助長するように思います。

 最近は、サークル「囲炉裏」のGWが済むと、毛利(サークル「囲炉裏」スタッフ)と交代でブログを書いています。その際、GWで印象に残ったことをブログに書くことが多いのですが、私の場合、心に浮かんだことを、そのまま、ブログとしてアップすることはほとんどありません。一応は、「こんなことを書こう」と決めて書き出すのですが、それがブログの文章になって残ることはほとんどありません。
 「こんなことを書こう」と、最初に心に浮かんでくることはGWの表面的な印象です。心の奥底に沈んでいるGWの印象(「本音」)は、なかなか、頭で整理できません。
 話しがあっちに行ったりこっちに行ったり、何を書きたいのか自分でも分からない。そういう「つじつまの合わない」文章がいくつも、ブログの下書きの中にでてきます。それらの「つじつまの合わない」文章を眺めながら、心に浮かんだことを、さらに書いていく。
 そのうちに、これが「自分の本音に近いかな?」という文章になっていきます。その段階では、最初に書いた文章は跡形もなく消えていることが多いのです。
 「あぁ、自分はGWでこんなことを感じていたのか」とビックリすることが、しばしば、あります。でも、「これがゴールだ」という明確な判断基準はありませんから、それをいつブログとしてアップするかは時間との相談になります。

 このブログ書きのプロセスは、GWの現場における経験と似ています。私にとっては、GWの輪に加わることとブログを書くこととが一体となっているようです。

 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?
posted by サークル「囲炉裏」 at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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