事務局 忠夫
12月11日(火)に、サークル「囲炉裏」の第79回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク(GW)を開催しました。今回は、久しぶりに参加された方2名とスタッフ2名の総計4名によるGWでした。
そのうち一人の参加者は、仕事の都合で、かなり遅れての参加となりましたが、すぐに、その場の雰囲気に融けこまれました。その方が、サークル「囲炉裏」GWの場を「安心・安全な居場所」と思っておられることが感じられて、嬉しく思いました。
GWのつぎの日に、今回のGWでメインのファシリテーターを務めた毛利と話し合う機会がありました。そのとき、彼は「前日にあったGWの余韻がまだ残っている」と云っていました。私も同感で、2018年の最後にふさわしい印象深いGWでした。
今回のブログでは、「GWの余韻がまだ残っている」という言葉から、私が思ったことを書いてみようと思います。
「GWの余韻がまだ残っている」という言葉は、ファシリテーター(毛利)が参加者の話を聞いて、その表面的な意味を理解しただけでなく、彼の「こころ」がその話に共鳴したことを暗示しています。
参加者の話に共鳴するためには、参加者の話に共鳴して鳴りだすモノ(=共鳴体)がファシリテーターの「こころ」の中になければなりません。
言い換えれば、参加者のどんな話に共鳴するかで、ファシリテーターの「こころ」の中に、どんなモノが潜んでいるかが分かるのです。
鳴りだしたモノの中には、ファシリテーターがすでに気づいていたモノもあるでしょうが、参加者の話を聴いてはじめてその存在に気づかされたモノもあるでしょう。GWでは、ファシリテーターにも多くの気づきがあります。この気づきをきっかけに、ファシリテーターの「こころ」に変化が生じるのです。
同様に、ファシリテーターや他の参加者の話を聴くことをとおして、GW参加者の「こころ」に変化が生じます。GWでは、参加者とファシリテーターが共に育つのです(=共育)。
ファシリテーターがまったく変化せずに参加者だけが変化するとき、これをコンサルティング(=専門的な助言を与えること)と呼びます。
サークル「囲炉裏」GWはコンサルティングの場ではなく、共育の場となることを目指しています。
皆さんも、サークル「囲炉裏」の輪に入って「安心・安全な居場所」を見つけませんか?