2022年02月27日

2月のブログ(第96回“対面式”グループワーク)

事務局  忠夫

 3月も間近となり、今冬の寒さも峠を越したようです。サークル「囲炉裏」は、1月22日(土)に第96回“対面式”グループワークを開催しました。その日も厳しい寒さでしたが、会場から見える和風庭園では、梅のツボミがずいぶん大きくなっていました。

 参加者お一人(3回目の参加)を迎えてのグループワークとなりました。本当に久しぶりの“対面式”グループワークでしたが、100回近いグループワークの積み重ねによる「場の力」を感じさせられました。

 今回のグループワークでは、参加された方の抱えている悩みや不安を中心とするいくつかの話題について、共に語り・共に聴きながら濃い時間を過ごせたと思います。その中には、私がスタッフブログに何回か書いたA女の話も出てきました。

 A女は、間もなく1歳10ヶ月になります。A女の動作・表情を見ていると、大人の言っていることをある程度理解しているように見えます。例えば、「いち(1)」と言えば人差し指を立て、「に(2)」と言えば親指と人差し指を立てます。それなのに、「イチ」とか「ニ」と口では言えない時期がかなりありました(数ヶ月前から言えるようになりましたが)。

 分かっているのに、また音声を発することができるのに、「イチ」とか「ニ」と言えないのはなぜなのか? 不思議に思っていました。これに対する答えは、育児書に書いてあることかも知れませんが、自分の頭で考えて、なかなか、答えが見つかりませんでした。

 ボンヤリとそんなことを思っているとき、中学校や高校で英語の発音を習ったときのことを思い出しました(70年ぐらい前の話)。教科書・参考書に「唇のかたち」と「舌の位置」を描いた図があり、それを見ながら発音の練習をしたように思います。

 でも、日本語の発音の仕方を「唇のかたち」や「舌の位置」を示す図を使って、1〜2歳の幼児に教える人はいません。幼児は、大人がしゃべっている声を聴き、そのときの唇のかたちを見ながら、自学自習で、日本語の発音を身につけていくのです。

 このように考えると、「いち(1)」や「に(2)」を理解する時期と「イチ」や「ニ」を口に出して言う時期にズレがあることに自分なりの納得ができました。

 A女には、オギャーなどという「発声」はできるけれど日本語の「発音」ができない時期が1年以上あった訳です。これからは、思ったことをしゃべるようになっていくのでしょう。

 先日(02/17)、朝日新聞朝刊の「折々のことば」欄に『なんで、頭のなかで「こう言おう」と思わなくても人はしゃべれるの?』という5歳の女児の言葉が出ていました(古田徹也『いつもの言葉を哲学する』から)。これは、5歳の女児が自身の体験に基づいて発した問いなのでしょう。

 これを私の言葉で云い替えれば『自由に日本語の「発音」ができるようになっているので、自分の思いを「こう言おう」と頭の中で決めてから口に出すという手順は必要ない。自分の思いは、そのまま言葉(日本語)になって口から出てくる』ということになります。

 「思う私」と「しゃべる私」を分けて考えてみます。数ヶ月前までのA女には「思う私」と「しゃべる私」の間には高いバリアがあり、思っていてもしゃべれない「私」がいました。「折々のことば」欄の5歳の女児の場合には、「思う私」と「しゃべる私」はほとんどバリアフリーでつながっています。5歳の女児の中では、2つの「私」が共存しているのです。

 「思う私」と「しゃべる私」が共存しているときに、「私」の意識の世界全体を見渡すためには、「しゃべる私」の言葉(声)だけでなく「思う私」の言葉(動作・顔の表情など)も聴く必要があります。これが“心を込めて聴く”ということなのでしょう。
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2021年12月06日

12月のブログ(第96回 “対面式”グループワーク)

事務局  忠夫

 2021年も残り少なくなってきました。緊急事態宣言・まんえん防止重点措置が解除されて2ヶ月ほどの間に、国内ではコロナウィルス感染者の数が急激に減りました。これは、専門家にも予測できなかった状況のようです。

 サークル「囲炉裏」は、今年に入って3回のオンラインのグループワークを試行しました。しかし、昨年の3月から1年9ヶ月の間、対面式のグループワークを休んでいます。再開時期を探ってきましたが、来年の1月22日(土)に第96回グループワーク(対面式)を開催することにして、準備を進めることにしました。

 ただし、第6波が来年1月半ばにピークを迎えるとの予測もあります。また、オミクロン変異株の出現もあるので、第96回グループワークの開催日程については、今後とも検討を続ける必要がありそうです。

 会場は以前と同じく直行寺(京都府宇治市)さんの和室を使わせていただくことになりました。したがって、和風庭園を眺めながらのグループワークとなります。また、“密”を避けるために、スタッフ以外の参加者は2名以内にしたいと思います(先着順)。

 久しぶりのサークル「囲炉裏」対面式グループワークで、参加者の皆さまと、共に聴き、共に語り、共に感じ合える時間を共有できることを願っています。

追記1)コロナウィルス感染症拡大防止のため、参加される方へのお願いがあります @ グループワーク前の検温 A グループワーク前後の手指の消毒 B 咳エチケットの励行(マスクの着用義務)。また、当日、発熱など体調がすぐれないときには、参加を見合わせてください。なお、会場には非接触式体温計と手指消毒剤を用意します。

追記2)最近、他のスタッフ(毛利)から『個人的な事情により、サークル「囲炉裏」のグループワーク活動を続けることが難しくなった』との連絡がありました。彼は、これまで、サークル「囲炉裏」のグループワーク活動を支えてきました。最近の例でいえば、オンライングループワークをサークル「囲炉裏」に採り入れることを提案し、実施にこぎつけるために大きな役割を果たしました。彼と共につくってきたサークル「囲炉裏」グループワークの暖かい場を、これからも、参加者の皆さまと共に育てていきたいと思っています。
posted by サークル「囲炉裏」 at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年10月31日

10月のブログ(共感的理解-2)

事務局  忠夫

 サークル「囲炉裏」は、現在、グループワーク活動を休止中です。コロナ禍の状況しだいということになりますが、来年1月には対面式グループワークを再開したいと思っています。詳細は、11月末か12月上旬にお知らせします。

 先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後1年6ヶ月になるA女について、母親の話や近くで見て感じたことを書いてみたいと思います。

 A女は、胎児時代の性格を引き継いで、とても人見知りです(2020/10/25 スタッフブログ「胎児・乳児の心を考える」参照)。A女は胎児時代、超音波をあてられると、超音波に対し顔を隠し身体を背けてジーッとしていたそうです。これを「超音波見知り」というのでしょうか? 最近は、よく外歩きをしますが、A女の知らない近所の人が近づいてくると緊張して身体を硬くします。さらに近づいてきて話しかけられたりすると、大声でワーンと泣いて近所の人を撃退します。これは、文字どおりの「人見知り」です。

 また、A女は胎児時代、超音波の検査を受けるとき以外は、胎内でよく動き回っていたそうです。今も、自宅では、休むことなく動き回っています。何もせずボーッとしていることがありません。現在のA女には、やりたいことが山ほどあるのでしょう。

 A女の中にある「人見知り」と「やりたいことが山ほどある」という組合せは、なかなか、足並みが揃いません。

 「やりたいことが山ほどある」のは、近親者しかいない自宅などだけです。誕生後3〜4ヶ月のときには、よく顔を合わせる人たち(主に家族)に対しては、身体の力を抜いて手脚をばたつかせていましたが、顔を合わせる頻度の低い人たち(産院の先生・看護師さんや近所の人たち)の前では、緊張し身体を硬くしてジーッとしていました。生後1年6ヶ月ちかい現在でも、近親者だけがいる場では「やりたいこと」をやるのですが、それ以外の人(大人でも子供でも)が近くにいると、「やりたいこと」をせずに身体を硬くしてジーッとしています。

 日本大百科全書には「人見知り」の項に「生後6か月前後から、見慣れている人とそうでない人とをはっきり区別するようになる。これは当然、視覚の発達に負うところが大きく、目で人の顔の輪郭の違いを正しく認識するようになることが必要である」という記述があります。A女の場合には、もっと前から「人(超音波)見知り」をしていたのですから、目以外の器官で母親(あるいは近親者)とそれ以外のモノ(者・物)の違いを感じ取っていたのでしょう。

 つぎに、母親の側から考えてみます。彼女は、夫などの協力を得ながら、A女のやりたいことを手助けし、また、その後始末に追われる日々を過ごしています。私たちは、言葉による情報交換にばかり頼っているので、言葉によらない表現(言葉にならない音声・動作・表情などによる)に鈍感になっています。しかし、A女の母親はA女と毎日を過ごすことで、A女の言葉によらない表現にかなり敏感に反応できるようになっています。カウンセリングの言葉でいうと、言葉によらない表現を共感的に理解できるようになっています。こうなるためには、言語表現に対する共感的理解に比べ、相手とのより深いそしてより長い交わりが必要です。

 A女の発する言葉によらない表現を共感的に理解できる母親が「ズッと傍にいる」「見守ってくれる」あるいは「手助けしてくれる」という安心感。この安心感が、A女を(母親・近親者の前では)やりたいことが山ほどある活動的な子に変えているのでしょう。
posted by サークル「囲炉裏」 at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記