2021年08月25日

8月のブログ(共感的理解)

事務局  忠夫

 サークル「囲炉裏」は、このところ、グループワーク活動を行っていません。できるだけ早い時期に再開したいと思っています。

 先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後1年4ヶ月になるA女のことについて書いてみたいと思います。

 A女はヨチヨチ歩きを始めています。移動するためには、ハイハイの方がズッとはやいのですが、A女の新たな挑戦なのでしょう。

 A女の挑戦に対して拍手して褒めると、A女は得意そうな顔をして、自分でも拍手をします。ときには、拍手をしてもらった人に向かってお辞儀をすることもあります。

 「何分間、立っていることができるか」「つかまらずに、どれだけ歩けるか」を自ら試し、私たちに自分の成長ぶりを伝えます。また、A女は、顔の表情・拍手・お辞儀で、自分の気持ちを私たちへ伝えようとしています。自分の気持ちを伝える技術は相当なレベルになっているようです。

 A女が大きな喜びを感じていることが、ひとり立ちやヨチヨチ歩き以外にもあります。それは、天井についている電灯を点けたり消したりすることです。

 一日に何遍でも、母親に抱っこしてもらって壁のON/OFFスイッチを押し、電灯を点けたり消したりします。そして、嬉しそうな顔をして、手脚をばたつかせ拍手をします。その表情やしぐさから、A女の喜びは、ひとり立ちやヨチヨチ歩きの場合と同じぐらい、あるいは、それ以上であることが分かります。

 なぜ、電灯を点けたり消したりすることがA女にそのように大きな喜びを与えるのでしょうか。「何で、そんなことが面白いの?」というのが、母親はじめみんなの疑問です。これに対する答えのひとつとして以下のストーリーを考えてみました。
*****************
 A女は、ひとり立ち・ヨチヨチ歩きができるようになって、ハイハイのときには届かなかった高いところにあるモノに触ったりなめたりすることができるようになりました。立って手が届くところにあるモノは、A女の自由になるのです。ところが、天井からぶら下がっている電灯には、立っても手が届きません。A女は「天井にある電灯は自分の自由にならない」と思い諦めていました。

 ところが、偶然にも、壁のON/OFFスイッチを押せば、天井にある電灯を点けたり消したりできることを知ったのです。壁のON/OFFスイッチは、母親に抱っこしてもらえば手の届く高さにあります。

 ひとり立ち・ヨチヨチ歩きしても手が届かないところにある電灯を「自由に」点けたり消したりできる。壁のON/OFFスイッチは、魔法使いが魔法をかけるときに使う杖のような存在です。A女は、魔法の杖(ON/OFFスイッチ)を使って、電灯に魔法をかけているのです。
*****************
 A女はつまらない理屈をいっさい考えずにON/OFFスイッチを押し、電灯が点いたり消えたりするのを見て「魔法がかかった!!」と全身で喜びを表現しています。

 一方、私は電灯とON/OFFスイッチが壁の中のコードでつながれていることを知っています。この知識をもとに考える限り、A女の気持ち(大きな喜び)を理解することはできないでしょう。私は、コードの存在をいったん忘れることで、はじめてA女の気持ちをその身になって理解できたと思います。

 自分の知識・考えをいったん脇に置いて、相手の気持ちをその身になって理解することを、カウンセリングでは「共感的理解」と言います。今回、A女から「共感的理解」の基本を教えてもらった気分です。



posted by サークル「囲炉裏」 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年06月25日

6月のブログ(知恵熱)

事務局  忠夫

 サークル「囲炉裏」は、コロナ禍で、1年以上の間、対面式グループワークを開催していません。各地で、コロナワクチンの接種がすすんでいますが、新型コロナ発生状況がどのように変化するでしょう。

 今回のスタッフブログでは、久しぶりにA女のことを書いてみます。

 A女は、間もなく、生後14ヶ月になります。最近では、モノにつかまらずに立ったままの姿勢をとることができるようになりました(1分間ほど。まだ、歩くことはできません)。また、しょっちゅう口から音声を発していますが、注意して聴いていると、単語らしいモノも混じっています。

 A女は、健康優良児で、誕生日を過ぎるまで病気らしい病気をしたことがありませんでした。ところが、今月(6月)のはじめ、突然、熱を出しました(最高 38.6 ℃)。周りの者は右往左往させられたようです。でも、1日ほどで、平熱に下がりました。いわゆる「知恵熱」といわれるものだったのでしょう。

 日本大百科事典の「知恵熱」の項には「生後6か月前後の乳児にみられる原因不明の発熱。最近は発熱の原因が明らかになることが多く、この用語は用いられなくなっている。・・・」とあります。

 A女は、平熱に下がってから発疹がでました。その発疹は数日を待たず消えたそうです。母親がネットで調べたところ、A女の知恵熱は「突発性発疹」によるものだったようです。

 A女の知恵熱の話から、いきなり人類史の話に跳びます。ヒト(Homo sapiens)の祖先がチンパンジーの祖先と分かれたのは600万年程度前。また、300万年前にはヒトの祖先が直立二足歩行に移行していたことが明らかになっています(星元紀・松本忠夫・二河成男「初歩からの生物学」(日本放送出版協会)の第3章)。

 つまり、ヒトの祖先が四つ足歩行から直立二足歩行に移行するのに300万年近くの歳月が必要だったということです。

 また、ヒトがアフリカで誕生したのは20万年前です。そして、音声言語の使用を始めたのは7万5千年前といわれています(前掲書の第15章)。

 ヒトが誕生してから言葉をしゃべりだすまでに、10万年以上かかったことになります。

 A女は、私たちの祖先が数百万年をかけて達成した「四つ足歩行(ハイハイ)から直立二足歩行」への移行、また、十万年以上をかけた「言葉のない世界から言葉のある世界」への移行を、一年チョットの間に、しかも同時に、追体験しようとしているのです。

 これでは、心身ともにバランスが狂ってくるのは当然でしょう。私たちの祖先による長い歴史を猛烈なスピードで走り抜けるためにおこる身と心におけるアンバランスが「知恵熱」の原因になっていると考えてよいように思います。A女の場合には突発性発疹のかたちで現れましたが、咽頭炎や感冒などのかたちで現れることも多いようです。

 近代医学では、乳児期におこる突発性発疹や咽頭炎・感冒を、個々の病人(乳児)から切り離して、みています。乳児を育てているお母さんの場合には、そうでなく、知恵熱に苦しむ病人(乳児)をみています。

 数十年前に子育てをした人が「知恵熱とはよく言ったもの。本当にそのとおりよ。はじめて歩く、はじめておしゃべりをする〜身体も頭もついていけない状態なんでしょうね」と語ってくれました。

 最近では、発熱の原因が明らかになることが多く、知恵熱という言葉は用いられなくなっているそうです。お医者さんには「突発性発疹」「咽喉炎」などの用語がよいのでしょうが、乳児を育てるお母さんのために「知恵熱」という言葉を残しておいて欲しいものです。
posted by サークル「囲炉裏」 at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月25日

第3回オンライングループワーク(シテとワキ)

事務局  忠夫

 サークル「囲炉裏」は、対面式のグループワーク活動を1年間以上行っていません。コロナ禍の現状を考えると、対面式のグループワーク活動を再開できる目処は立っていません。

 そこで、サークル「囲炉裏」では、対面式のグループワークに替わる試みとして、2月末から少人数によるオンライングループワーク活動を始めました。

 3月に2回目、そして4月10日(土)に3回目のオンライングループワークを開催しました。第3回では、インターネットによる参加申込み者がゼロでしたので、スタッフ2人だけのグループワークとなりました。

 参加者が2人の場合には、相手の姿が、常に、パソコン画面上に大きく映し出されるので、対面式のグループワークに近い感じがしました。

 今後、オンライングループワーク経験を積み重ねて、皆さまとともに「安心・安全な居場所」づくりを目指していきたいと思います。

 (なお、コロナ禍の状況を見ながら、対面式のグループワーク活動を再開したいと思っています)

 今回のスタッフブログでは、第3回オンライングループワークで話し合ったことに関連して、つぎのA)およびB)について考えてみます:
A)言葉をしゃべることができなくなったお年寄りの世話(介護)
B)まだ、言葉をしゃべることができない赤ちゃんの世話(育児)

 能では、主役を「シテ」、その相手役を「ワキ」というそうです。この言葉を借用すれば〜「世話を受ける人(お年寄り・赤ちゃん)がシテで、世話をする人がワキを演じるとき、よい介護・よい育児となる」と言えそうです。

 例えば、@ お年寄りに誤嚥性肺炎を起こさせないようにユックリ食べさせる、あるいは、A 赤ちゃんの泣き声から「おむつが汚れて、気持ち悪い」というサインを感じとり、おむつを替えてやる。これらの場合、世話をする人は、シテ(お年寄り・赤ちゃん)を支えるためにワキ役を演じています。

 私たちは、言葉による情報交換にばかり頼って、言葉によらない表現(言葉にならない音声・動作・表情など)に鈍感になっています。しかし、言葉をしゃべることができなくなったお年寄りの介護・言葉をしゃべることができない赤ちゃんの育児では、世話をする人は、相手の言葉によらない表現を敏感に感じとって、それに反応しなければなりません。

 これができないと、世話をする人はネットや本で得た知識・他人から聞いた話や自分の考えを相手に押しつけてしまいます。この場合には、世話をする人がシテで、世話を受ける人(お年寄り・赤ちゃん)がワキを演じることになります。

 このように、シテとワキの立場が逆転すると、世話を受ける人(お年寄り・赤ちゃん)は受け身になり「この人(世話をする人)は私の気持ちを分かってくれない」ということを本能的に感じ、両者の間に信頼関係は生まれません。これでは、よい介護・よい育児と言えないでしょう。

 私は、現在、介護・育児の現場にかかわっていません。「現場の苦労を知らないから、そんな気楽なことが言えるのだ」と思われるかも知れません。でも、私は80歳になっていますので、介護の現場は他人事と思えません。

 老老介護の場で、自分が介護する立場になったとき、シテを支えるワキ役を演じることができるのか。また、介護を受ける立場になったとき、受け身にならずにシテ役を演じることができるのか。興味津々です。

 オンライングループワークでも、いろいろのことを教えてもらい、考えさせてもらっています。よろしかったら、サークル「囲炉裏」のオンライングループワークに参加して共に語り合い・聴き合ってみませんか。 
posted by サークル「囲炉裏」 at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記