2016年08月29日

第51回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局 毛利


台風の影響もあってか、だいぶ気温も下がってきました。
あの暑い日々が嘘のように感じられます。

さて、だいぶ遅くなってしまいましたが、
第51回のグループワークを僕なり振り返ってみたいと思います。
(先月のブログで更新の早さを褒めていただいたばかりですが、
 バタバタとしていてすっかり遅くなってしまいました)

今回は、初めての方が二名、そしてお久しぶりの方が二名、
スタッフも入れて計六人のワークとなりました。

それぞれに違った境遇の人間でも、
こうしてゆったりとした空間で、お互いの話や気持ちを聴かせてもらっていると、
自然と参加者同士の心の響きあいのようなものを感じました。

こうして何度もグループワークをさせてもらっていますが、
よく「自分の話をするのが苦手」とおっしゃられる方がおられます。
おそらく普段の生活の中で、ご自身が思っていることがきちんと相手に伝わらず、
辛い経験をされたことがあったのではないかと思います。

だけれども、そうした方々も囲炉裏の場で話されているときには、
とっても分かりやすく、むしろ話がしっかりと伝わってくるなぁと感じることがしばしばあります。

それはきっと、ゆったりとした空間の中で、自分のペースで、
自分の思いや気持ちを語ることができているからだろうと思います。

このことを思うとき、囲炉裏のワークのタイトルである、
「安心・安全な居場所」の大切さを改めて感じます。
それは自分自身の心を、ふっと休ませてあげられると共に、
その心に感じていることを、感じているままに、
その場にいる方々に向けて解き放っていくことができる場ではないかと思います。

そして、そんなふうに気持ちを解き放ちあい、響きあっている場には、
何とも言えない、ぽかぽかとした「心の温かさ」を感じます。


さてさて、かなり抽象的な表現になり分かりにくい文章になっているかもしれませんが、
今回のグループワークでは、この「心の温かさ」を感じさせてもらったワークでした。
posted by サークル「囲炉裏」 at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年08月03日

暑中お見舞い申し上げます。

事務局 のぞみ

梅雨が明け、日差しの強い毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。

サークル「囲炉裏」のホームページの写真も、ヒマワリ・金魚・花火(7月)から、スイカ・蚊取り線香・花火(8月)へと変更になりました。

7月前半はまだ肌寒い日もあったのですが、8月にもなると水分の多いもの(スイカ)や蚊取り線香が必需品になりますね・・・。

今月20日(土)の、第51回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワークもよろしくお願い申し上げます。

第51回 「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク
日時 : 8月20日(土)13:30〜16:15
場所 : 直行寺(じきぎょうじ)
  〒611−0021
  京都府宇治市宇治2−91
参加費: 500円
⇒「グループワーク」とは

お申し込みは、サークル「囲炉裏」ホームページのメールフォーム(http://circle-irori.jpn.org/page04.html)よりどうぞ。

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2016年07月31日

第50回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク

事務局 忠夫

 相変わらずの遅筆です。今回は、第50回グループワーク(GW)から10日以上経過して、ようやく書き始めました。第49回GWのブログ(by 毛利)が、GWの2日後にアップされたのとは、大きな違いです。ブログをサッサと仕上げて、つぎの仕事に取りかかる、彼(毛利)の若さ・活力に脱帽します(サークル「囲炉裏」事務局の仕事を一緒にしている仲間を褒めるのは、チョット、気が引けますが・・・)。私は私なりに、年齢に見合うペースで、ユックリやるより仕方がありません。そして、年齢に見合う内容のブログを書くことができれば・・・と願っています。

 7月16日(土)に、第50回「安心・安全な居場所」を見つけるためのグループワーク (GW) が、ありました。今回のGWは、総勢6名でした。サークル「囲炉裏」のGWに参加される方々は、貴重な時間を紡ぎだして、来ておられます。そのように貴重な時間を使ってGWに参加された一人ひとりの言葉(あるいは、沈黙)には重みがあり、ファシリテーターとして、しっかり聴いて受けとめたいと考えています。

 しかし、私は小学校に入学してから「自分の意見を述べる」訓練を受けたことはありますが、「聴く」訓練を受ける機会はほとんどなかったように思います。このブログを読んでおられる方々も、似たような状況だと思います。これは、近現代の日本における教育の特殊事情なのでしょうか(明治以前の日本では、どうだったのでしょうか? 外国では?)。

 「聴」という漢字は「耳」、「+(プラス)」、「目」と「心」からできています。耳だけでなく、目も心も動員して、相手の言葉を受けとめる。これが「聴く」ということです。

 カウンセリングを学ぶとき、「逐語録づくり」をすることがあります。私は「逐語録づくり」が「聴く」訓練として、とても役に立つと考えています。「逐語録づくり」は、カウンセラーとクライエントとのやりとりを録音し(最近では、録画することもあります)、その一言一句を、正確に、文字化する作業です。音声を正確に文字化するには、録音を、何回も、くり返し聴く必要があります。

 その録音を聴く段階で、一部の情報(場の雰囲気など)を感じとることが難しくなり、さらに、文字化の段階で、言葉の勢い、しゃべる速度、声の大小・高低などに込められた情報が、失われてしまいます。これでは、音声を文字化する利点は何もないように思われます。でも、「録音を繰り返し聴くこと」「逐語録をジックリ読み返すこと」により、はじめて気づくことが、多々、あります。聴いて分かったつもりになっていたが、何も分かっていなかったことに気づくのです。「逐語録づくり」の過程は、「聴く」ことについて多くのことを考えさせてくれます。

 「逐語録づくり」を重ねることにより、聴く力をつける。これまでは「録音を繰り返し聴くこと」「逐語録をジックリ読み返すこと」により、はじめて気づいていたことを、GWに参加された方々の言葉を聴くだけで、(少しでも)感じ取ることができるようにする。これをサークル「囲炉裏」GWのファシリテーター役に活かす。第50回GWで皆さんのお話を聴いてから、ときどき、そんなことを夢想しています。

 サークル「囲炉裏」の輪に入って、「安心・安全な居場所」を見つけませんか?

posted by サークル「囲炉裏」 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記