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    <title>サークル「囲炉裏」のスタッフブログ</title>
    <link>http://circle-irori.sblo.jp/</link>
    <description>大学・職場などで自分の居場所を見つけることが難しい人に、「安心・安全な居場所」を提供することを目指すサークル「囲炉裏」のブログ</description>
    <language>ja</language>
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    <itunes:author>サークル「囲炉裏」</itunes:author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/190433820.html</link>
      <title>６月のブログ(介護と傾聴）</title>
      <pubDate>Fri, 30 Jun 2023 17:58:08 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　明日から７月。第１０４回対面式グループワークが近づいてきました。近づいてくるとどんなグループワークになるかと緊張します。	　久しぶりのサークル「囲炉裏」スタッフブログです。第１０４回対面式グループワークのことを念頭に置きながら書いてみます。	　これまでにも、このブログに、何度か登場してもらったB女が、今年はじめに１０３歳で安らかに息を引きとりました。B女は、夫を亡くし独居老人になってから老人ホームに入り、９７歳になるまで、周りの多くの人たちの助けを受けながらも..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　明日から７月。第１０４回対面式グループワークが近づいてきました。近づいてくるとどんなグループワークになるかと緊張します。<br />	<br />　久しぶりのサークル「囲炉裏」スタッフブログです。第１０４回対面式グループワークのことを念頭に置きながら書いてみます。<br />	<br />　これまでにも、このブログに、何度か登場してもらったB女が、今年はじめに１０３歳で安らかに息を引きとりました。B女は、夫を亡くし独居老人になってから老人ホームに入り、９７歳になるまで、周りの多くの人たちの助けを受けながらも、老人ホームで一人暮らしを楽しんできました。<br />	<br />　６年前に、一人での生活が難しくなってきたため、同じ老人ホームの介護棟に移りました。そして６年間の介護棟における生活を存分に楽しんでからあの世に旅立ちました。<br /><br />　多くの介護老人施設には、入居しているお年寄りが集まって、テレビを見たり・食事をしたりする部屋があります。そういう部屋では「多くの老人がいるのに老人の声を聴くことはほとんどない。聞こえるのは介護をする人たちの声ばかり」という話をよく聴きます。<br />	<br />　介護を受けている人たちは、周りの人たちに働きかけることがなく、介護を受け入れるだけになっているのでしょう。完全に受け身になってしまうと、お年寄りは「自分が生きている意味・価値」を見つけ出すことが難しくなってしまいます。<br /><br />　介護する人たちが、お年寄りを「介護する対象」としてだけ見るのではなく、《お年寄りに「生きている意味・価値」を見つけてもらいたい》と思いながら介護をすると、お年寄りは完全に受け身になってしまうことはないでしょう。<br />	<br />　B女がお世話になっていた介護棟では、介護する人同士の会話や介護する人と介護される人との会話、それに介護されるお年寄り同士の会話も聞こえていました。介護されているお年寄りは「自分が生きている意味・価値」を見つけ出していたように思います（B女も）。<br />	<br />　2021/04のサークル「囲炉裏」スタッフブログに「介護する人がワキ役を演じて、介護を受ける人がシテ（主役）を演じるときに、よい介護となるだろう」という意味のことを書きました。<br />	<br />　B女がお世話になっていた介護棟では、介護する人は《介護されるお年寄りに「生きている意味・価値」を見つけてもらう》ためのお手伝いをしているように見えました。介護する人は介護を受けるお年寄りの手助けをするワキ役を演じていたのです(多分、現在も）。<br />	<br />　サークル「囲炉裏」グループワークでは、スタッフも参加者も、お互いに傾聴しあうことが基本となります。参加していただいた方の話を「傾聴の対象」として考えるだけでなく、《参加していただいた方々に「生きている意味・価値」を見つけてもらいたい》と思いながら聴くことが大切だと思います。自分の考えをいったん脇に置いて、相手の身になって傾聴するのです。<br /><br />　グループワーク参加者は、野球でいえば、ストライク・ボールを判定する球審ではなくて、ピッチャーの球を、誠心誠意、受けとめるキャッチャーの役目を果たすのです。<br /><br />　「我必ず聖なるにあらず。彼必ず愚なるにあらず。共にこれ凡夫のみ」という聖徳太子十七条憲法（第十条）の言葉を大切にして、サークル「囲炉裏」グループワークを続けたいと思います。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/190263271.html</link>
      <title>３月のブログ（「本当のA女」）</title>
      <pubDate>Fri, 31 Mar 2023 18:52:38 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　最近のサークル「囲炉裏」のスタッフブログでは、これまで、０〜２歳期のA女の表情や身振り手振りを観察することをとおして、言葉によらない表現について考えてきました。	　現在、A女は３歳の誕生日が近づき、自分の思っていることを言葉にしてしゃべることが、かなりできるようになっています。保育園でも、よくしゃべっているようです。	　人間は五官（目・耳・鼻・舌・皮膚）を使って、周囲からいろいろな情報を深層意識として取り込み、そのうちの一部は表層意識に浮かび上がって言葉（心の..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　最近のサークル「囲炉裏」のスタッフブログでは、これまで、０〜２歳期のA女の表情や身振り手振りを観察することをとおして、言葉によらない表現について考えてきました。<br />	<br />　現在、A女は３歳の誕生日が近づき、自分の思っていることを言葉にしてしゃべることが、かなりできるようになっています。保育園でも、よくしゃべっているようです。<br />	<br />　人間は五官（目・耳・鼻・舌・皮膚）を使って、周囲からいろいろな情報を深層意識として取り込み、そのうちの一部は表層意識に浮かび上がって言葉（心の中の言葉）になります。A女も、この段階までは、ずいぶんできていたように思います。<br />	<br />　しかし、日本語の発音の仕方を知らないために、心の中の言葉を口に出してしゃべるのにずいぶん苦労してきたようです。３歳が近づいてきて、日本語の発音の仕方を少しずつ身につけ、心の中の言葉をかなり口に出してしゃべれるようになってきました。<br />	<br />　いっしょに街を歩いているとき、消防車・救急車・パトカー・ゴミ収集車などが、そばを通り過ぎていくと、A女は興味を示して目で追いかけます。そして「消防車だ！」などと叫ぶこともあります。私は「ああいう車に乗ってみたいのだろう」と思っていました。<br />	<br />　ところが、最近になって「大きくなったら消防のポンプ車になる」と言い出しました。私たち大人は「消防士になる」と考えることはあっても、「消防のポンプ車になる」と考えることはありません。消防士になる訓練を受けて、難燃性の衣装を買いそろえれば「消防士になる」ことができるかも知れません。でも、私たちが「消防のポンプ車になる」ことは、姿形から考えても無理です。<br />	<br />　江戸川乱歩の小説「怪人二十面相」では、「怪人二十面相」があるときは老紳士にあるときは艶麗な貴婦人に姿を変えます。さらに、江戸川乱歩は二足歩行ロボットの姿をした「怪人二十面相」を考えることもできたでしょう。「怪人二十面相」は変装して老紳士・貴婦人・二足歩行ロボットになるので、老紳士・貴婦人・二足歩行ロボットの内側には本当の「怪人二十面相」がいるのです。<br />	<br />　しかし、江戸川乱歩は「怪人二十面相」が消防のポンプ車に姿を変えることは考えられなかったと思います。私たちは、姿形が似たものに変装することはできますが、姿形がまったく異なるモノ（ポンプ車など）に変装することはできません。<br /><br />　A女が「ポンプ車になる」と言うときには、変装以外の方法で「ポンプ車になる」と考えているにちがいありません。では、A女はどのような方法で「ポンプ車になろう」と思っているのでしょう。<br />	<br />　A女の表情や身振り手振りを観察してもA女のおしゃべりを聴いても、A女がどのような方法を考えているのか見当がつきませんでした。<br /><br />　以下は、私の心に浮かんだストーリーです：<br />	<br />　私たちが見ているA女は人間の姿をしているけれど、これは「本当のA女」の仮の姿です。「本当のA女」は姿形をもたないが、この世に現れるときには、いろんな形（仮の姿）をして出てきます。数ヶ月（あるいは、数年）後に、「本当のA女」は人間の姿をしたA女から消防のポンプ車の姿をしたA女に変身します。人間の姿をしたA女も消防のポンプ車の姿をしたA女も「本当のA女」の仮の姿なのです。消防のポンプ車の内側にいるのは人間の形をしたA女ではなくて、姿形をもたない「本当のA女」なので、人間と姿形がまったく異なるモノ（ポンプ車など）になることもできるというわけです。<br />	<br />　これからは、A女の言語表現をもとに、A女の顔の表情や身振り手振りの意味を考え直す必要が出てくるでしょう。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189978511.html</link>
      <title>１２月のブログ（“七五三”とパーソナルスペース）</title>
      <pubDate>Fri, 09 Dec 2022 07:52:28 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　すでにお知らせしたとおり、第１００回グループワークは申込み者がゼロでしたので中止としました。また、サークル「囲炉裏」のスタッフブログを８月からお休みしていました。いつもですと、グループワークで感じたことを出発点に身のまわりで起こったことをスタッフブログに書いているのですが、今回は、グループワークとは関係なく、“七五三”で感じたことを書いてみたいと思います。　今回も、これまでに何回もスタッフブログに登場したA女に関することです。彼女は、この１２月に２歳７ヶ月にな..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　すでにお知らせしたとおり、第１００回グループワークは申込み者がゼロでしたので中止としました。また、サークル「囲炉裏」のスタッフブログを８月からお休みしていました。いつもですと、グループワークで感じたことを出発点に身のまわりで起こったことをスタッフブログに書いているのですが、今回は、グループワークとは関係なく、“七五三”で感じたことを書いてみたいと思います。<br /><br />　今回も、これまでに何回もスタッフブログに登場したA女に関することです。彼女は、この１２月に２歳７ヶ月になり、コトバの数が増えて、単語と単語をつないで一つの文章にすることもできるようになっています。もちろん、思っていることのほんの一部しかコトバにできていないのでしょうが。<br /><br />　覚えたコトバを使って、いろいろの理屈を申し立てて自分の意見を言うようになりました。第一反抗期に入っているのでしょう。<br /><br />　第一反抗期とは、幼児から言えば「自分の思っていることを表情や動作・音声だけでなく、コトバでも表現できるようになる」時期、周りのオトナから言えば「コトバをとおして、幼児の心のなかを垣間見ることができるようになる」時期ということになりそうです。<br /><br />　A女は、数え年３歳ですから“七五三”適齢期です。“七五三”に関する自分の思いを、覚えたてのコトバを使って表現してくれます。おもに、母親の話をもとに、“七五三”に対するA女の思いを書いてみたいと思います。<br /><br />　１１月になり、A女は両親に連れられて大きな神社のそばにある貸衣装店へ行きました。“七五三”のときに着る衣装を選ぶためです。そこの店員さんが、A女の肩幅を測るために、後ろに回りメジャーをA女の肩に当てようとすると、それを振り払って肩幅を測らせなかったそうです。腕の長さについても同じ。そして、大声で泣き出したとのこと。<br /><br />　この「事件」を聴いて、私は「パーソナルスペース」という言葉を思い出しました。「パーソナルスペース」とは、心理学の言葉で「他人に近づかれると不快に感じる空間（Wikipediaによる）」のことです。パーソナルスペースは、知り合ったばかりの人に対しては広く、家族や親しい友人に対しては狭くなります。A女の場合、母親とのパーソナルスペースはゼロ（母子一体）です。しかし、初対面の店員さんとのパーソナルスペースはかなり広く、その広いパーソナルスペースの中に店員さんが入ってきたので、A女はパニックを起こしたのでしょう。<br /><br />　この「事件」をきっかけに「（“七五三”用の衣装を）着ません」「（“七五三”を）しません」というコトバが、A女の口から連発されるようになりました。A女の“七五三”嫌悪が始まったのです。<br /><br />　これまでも、A女は外歩きのとき近所の人が近づいて話しかけたりすると、大声でワーンと泣いて、近所の人を撃退していました。コロナ禍のもと、生まれてからずーっと外出する機会が少なかったため、A女にとってパーソナルスペースが狭いのは家族だけだったのです。また、A女はパーソナルスペース内に他人が入りこむことに対して、とても感受性が高かったように思います。<br /><br />　A女は今年の４月から保育園に通うようになって、パーソナルスペースの狭い人が増えてきました（先生や同じグループの園児など）。でも、貸衣装店における「事件」からみると、初対面の人に対するA女のパーソナルスペースの広さや感受性は、以前と変わらないようです。A女の成長とともに、初対面の人に対するパーソナルスペースの広さや感受性が、どのように変化していくのでしょう。A女と交わりながらみていきたいと思います。<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <title>８月のブログ（第９９回“対面式”グループワーク）</title>
      <pubDate>Mon, 29 Aug 2022 15:05:43 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル「囲炉裏」は、７月９日(土)に第９９回“対面式”グループワークを開催しました。なじみの方（１名）が４年ぶりに参加され、心温まる雰囲気のもと、共に語り共に聴く、サークル「囲炉裏」らしいグループワークとなりました。参加された方から「なかなか参加できないけれど、この活動をこれからも続けて欲しい」というありがたいお言葉をいただきました。　今回は、サークル「囲炉裏」のスタッフブログに、これまでも、何回か登場しているA女について書いてみたいと思います。A女は間もな..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル「囲炉裏」は、７月９日(土)に第９９回“対面式”グループワークを開催しました。なじみの方（１名）が４年ぶりに参加され、心温まる雰囲気のもと、共に語り共に聴く、サークル「囲炉裏」らしいグループワークとなりました。参加された方から「なかなか参加できないけれど、この活動をこれからも続けて欲しい」というありがたいお言葉をいただきました。<br /><br />　今回は、サークル「囲炉裏」のスタッフブログに、これまでも、何回か登場しているA女について書いてみたいと思います。A女は間もなく２歳４ヶ月になります。ずいぶん多くの言葉をしゃべるようになりました。A女の発する音声・言葉（単語）や表情などから、A女が住んでいる世界を想像することができます。<br /><br />　胎児期や産まれてから数ヶ月の間、A女の世界に住んでいるのは母親だけでした（母子一体）。<br /><br />　離乳食の時期（生後５ヶ月〜）になると、A女は父親やその他の家族・親族とのつながりを持ち始め、彼らもA女の世界の住人になりました。母乳以外のもの（離乳食）を口に入れ始める時期と母親以外の家族・親族がA女の世界に住み始める時期が重なっています。これは、A女の身体の成長と世界の成長が連動していることを示唆しています。<br /><br />　コロナ禍のため外出をひかえねばならないというたいへんな時代ですから、２歳近くになるまで、家族・親族以外の人がA女の世界に住みつくことは、ほとんど、ありませんでした。<br /><br />　彼女は、この４月（１歳１１ヶ月）に保育園に入園し、昼間は、先生がたや１歳数ヶ月〜２歳数ヶ月の園児（１０名ぐらい）とともに過ごしています。彼女の世界に住む人がいっぺんに増え、A女の世界が拡がったのです。<br /><br /><br />　A女の話に続き、B女の話をしたいと思います。私には、年に数回B女に会って話を聴く機会があります。B女は、間もなく１０２歳８ヶ月になります。３０年近く、同じ老人ホームで暮らしています。２歳４ヶ月のA女は、これから一世紀以上生き続けないとB女の歳になりません。気が遠くなるような話です。<br /><br />　B女が生きている世界は、当然のことながら、A女の世界とはまったく異なります。また、B女の世界も、年々、変化しています。<br /><br />　１０年ほど前、B女には大切なモノ（財布や通帳など）が見えなくなることがよくありました。その頃、認知症が始まっていたので、B女は財布や通帳をタンスの引き出しなどにしまったことを忘れることがよくあったのです。<br /><br />　そうした場合、B女は、最も身近にいてお世話になっている人（介護士さんなど）に盗られたのではないかと疑っていました。その頃、彼女の世界には、B女の大切なモノを狙っている疑わしい人がいっぱい住んでいたことになります。<br /><br />　ところが、１０年ほど経って、１００歳を超える頃から彼女の大切なモノを狙う疑わしい人は、B女の世界から消えていなくなりました。今では、「私のまわりにいる人はいい人ばかりで、とっても幸せ」と言っています。B女の世界に、なぜこのような変化が起こったのでしょう？　老人ホームの一般居室から介護棟に移ったことだけでなく、B女が「歳をとったら、みんな物忘れをする。当たり前のことだ」と自分の記憶力の衰えをあまり気にかけなくなったことが大きな原因だろうと思います。大切なモノが見えなくなっても「周りの人が盗った」とは思わなくなったのです。<br />	<br />　A女の年齢とB女の年齢にはさまれた私たちの場合を考えても、私たちは共通の客観的な世界に住んでいるわけではありません。これまでの経験やそのときの心身の状況に応じて、私たちはそれぞれ別の世界に生きているのです。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189630200.html</link>
      <title>６月のスタッフブログ（第９８回“対面式”グループワーク）</title>
      <pubDate>Tue, 28 Jun 2022 11:44:36 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　６月下旬となり、近畿地方でも、猛烈な暑さが続いています。皆さま、“危険な暑さ”のもと熱中症にお気を付けください。	　サークル「囲炉裏」は、５月９日(月)に第９８回“対面式”グループワークの開催を予定していましたが、参加申込者はゼロでした。	　これまで、参加申込者がゼロの場合には、スタッフ同士でグループワークを行ってきました。それまでのグループワークで感じたことやスタッフの近況・心境などを話し合うことが多く、内容の濃いグループワークになっていたように思います。	..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　６月下旬となり、近畿地方でも、猛烈な暑さが続いています。皆さま、“危険な暑さ”のもと熱中症にお気を付けください。<br />	<br />　サークル「囲炉裏」は、５月９日(月)に第９８回“対面式”グループワークの開催を予定していましたが、参加申込者はゼロでした。<br />	<br />　これまで、参加申込者がゼロの場合には、スタッフ同士でグループワークを行ってきました。それまでのグループワークで感じたことやスタッフの近況・心境などを話し合うことが多く、内容の濃いグループワークになっていたように思います。<br />	<br />　今回は、いつもの会場（直行寺さん和室）にいるのはスタッフ（事務局　忠夫）一人だけでしたので、これまでにないかたちのグループワークとなります。<br />	<br />　朝日新聞デジタル（２０２２年５月７日）に【谷川俊太郎さん、「死」って怖くないですか　女子中学生の投稿に反響】という記事がありました。見出しを見たときから気にかかっていたのですが、斜め読みの時間しかなかったので、A4用紙（約５ページ）にプリントアウトしたものをグループワーク会場に持ってゆき、この記事を相手にグループワークをしようと考えました。<br />	<br />　この記事は、女子中学生（Yさん。投稿当時、中学１年生）が朝日新聞朝刊「声」欄に投稿した　「死んだら、どうなるんだろう。私はよく、そんなことを考える・・・」で始まる文章について、オンラインで谷川俊太郎さん（詩人、９０歳）に感想を訊ねたものです。谷川俊太郎さんは、長く読み継がれている詩「生きる」の作者です。<br />	<br />　Yさんに「かけるとすれば、どんな言葉？」という問いに対する谷川俊太郎さんの回答が印象的です。<br />	<br />　「言葉ってどうしても抽象的で、ご本人と面と向かっていないと僕、言葉が出てこないんです。特に、死について語るってことは。恐怖は、意識よりもっと深い潜在意識のようなものにかかわっているわけですから、言葉では言いにくい気がします」<br />	<br />　この回答は『朝日新聞「声」欄にあるYさんの文章をじっくり読んでいると、投稿された文章にある言葉だけでなく、その言葉をつづっているYさんの潜在意識も私の心に伝わってきます。私が意識していることだけでなく私の潜在意識もAさんに伝え返そうとすると、Yさんに言葉をかけるだけでは済みません。Yさんと面と向かっていないとダメなんです』ということでしょう。<br />	<br />　そのことに関連して、その記事には「そこにいる、そばにいるということが大事だと思います。ボディーランゲージというか、身体同士のぬくもりですね。そばにどれだけ長くいるか。時間ってものは大きいんだよね、人間にとって。 家族って ものが大事なのは基本的にそういうことがあるからで、友情もそうですよね」という谷川俊太郎さんの言葉があります。<br />	<br />　これらの谷川俊太郎さんの言葉は、そのまま対面式グループワークに当てはまります。対面式グループワークでは、しゃべっている人の言葉だけでなく潜在意識にあるものも聴き取り、そのことにより自分の意識・潜在意識を変えていく・・・。これがうまくいったときには、いつまでも印象に残る対面式グループワークになります。<br /><br />　今回のグループワークでは、朝日新聞デジタルの記事をとおして、谷川俊太郎さんとの対面式グループワークを行うことができたように思います。ただし、女子中学生Yさんとは、谷川俊太郎さんの言葉をとおして接するだけで「そばに・・・長くいる」ことはできませんでした。機会をみて、Yさんとの対面式グループワークを試みてみたいと思います。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189503434.html</link>
      <title>４月のスタッフブログ（第９７回 対面式グループワーク）</title>
      <pubDate>Sat, 30 Apr 2022 14:07:11 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル「囲炉裏」では、３月２８日に第９７回 対面式グループワークを開催しました。直行寺さんの会場から見えるソメイヨシノは満開に近くなっていました。参加者として1名の方を迎えて、共に語り、共に聴き合う密度の濃いグループワークワークになりました。　そこで出た話題のなかに「コロナ禍のもと、フェース・ツー・フェースでゆっくり語り合い、ゆっくり聴き合う機会が少なくなっている。今回の対面式グループワークを楽しみにしている」というありがたい言葉がありました。　今回のスタッ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル「囲炉裏」では、３月２８日に第９７回 対面式グループワークを開催しました。直行寺さんの会場から見えるソメイヨシノは満開に近くなっていました。参加者として1名の方を迎えて、共に語り、共に聴き合う密度の濃いグループワークワークになりました。<br /><br />　そこで出た話題のなかに「コロナ禍のもと、フェース・ツー・フェースでゆっくり語り合い、ゆっくり聴き合う機会が少なくなっている。今回の対面式グループワークを楽しみにしている」というありがたい言葉がありました。<br /><br />　今回のスタッフブログでは、コロナ禍のもとにおけるフェース・ツー・フェースの会話について、私が感じていることを書いてみます。<br /><br />　コロナ禍が始まるまで、フェース・ツー・フェースによる会話では「知（知性、理屈）」「情（感情、気持ち）」「意（意志、意見）」のすべてがやりとりされるので、他者とのつながりが密になると言われていました。他者とのつながりを密にするためには、知・情・意の中で、特に「情（感情、気持ち）」の交換が重要で、声・動作・表情などの言葉によらない表現が大きな役割をはたします。言い換えると、「情（感情、気持ち）」を伝えることに関して、言葉はそれほど得意ではありません。<br /><br />　ここで、スタッフブログに何回も書いてきたA女（間もなく２歳）のことを思い出しました。A女が、母親のコロナワクチン接種について行ったときの話です。母親に注射針が刺されるのを見て、A女は、周りの人がビックリする程大きな声で泣き出したそうです。どんな言葉を使っても、この大きな泣き声ほどには “母子一体”という「情（感情、気持ち）」を伝えることはできないでしょう。<br /><br />　コロナ禍のもとにおける会話には「① フェース・ツー・フェースで話しあう機会が少ない、② フェース・ツー・フェースで話しあうことがあっても、対面時間が制限されることが多い、③ マスク着用がほぼ義務化されているため、相手の表情が読み取りにくい」などの制約があります。このような状況では、フェース・ツー・フェースで接していても、会話は「情（感情、気持ち）」の交換なしに「知（知性、理屈）」や「意（意志、意見）」の交換だけになりがちです。これでは、他者とのつながりを密にする効果はあまり期待できないでしょう。<br /><br />　コロナ禍のもとにおける会話で他者とのつながりを密にするためにはどうすればよいのでしょうか？　私は、会話の中でしゃべるのが遅くなったところや沈黙の時間に注目しています。<br /><br />　いつも考えていること・いつもしゃべっていることは、スラスラと言葉になって口から出てきます。ところが、「心の奥底にあること」や「人知れぬ悩みや不安」を言葉にしてしゃべるのはそう簡単なことではありません。<br /><br />　「心の奥底にあること」や「人知れぬ悩み・不安」を口に出そうとすると、しゃべる速度が遅くなります。あるいは、言葉にならず黙っていることもあるでしょう。<br /><br />　ポツリポツリと口から漏れる言葉だけでなく、しゃべっている相手の心に思いをめぐらす。あるいは、黙っている相手の心に思いをめぐらす。そのとき、自分の知識・考えをいったん脇に置いて、相手の身になって思いをめぐらすことが大切です。そうすると「情（感情、気持ち）」の交換が始まり、コロナ禍のもとにおけるフェース・ツー・フェースの会話でも、他者とのつながりを密にする効果が期待できるでしょう。<br /><br />　サークル「囲炉裏」の輪に入って、共に静かなときを過ごしてみませんか？<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189363371.html</link>
      <title>２月のブログ（第９６回“対面式”グループワーク）</title>
      <pubDate>Sun, 27 Feb 2022 11:31:26 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　３月も間近となり、今冬の寒さも峠を越したようです。サークル「囲炉裏」は、１月２２日(土)に第９６回“対面式”グループワークを開催しました。その日も厳しい寒さでしたが、会場から見える和風庭園では、梅のツボミがずいぶん大きくなっていました。	　参加者お一人(３回目の参加）を迎えてのグループワークとなりました。本当に久しぶりの“対面式”グループワークでしたが、１００回近いグループワークの積み重ねによる「場の力」を感じさせられました。　今回のグループワークでは、参加さ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　３月も間近となり、今冬の寒さも峠を越したようです。サークル「囲炉裏」は、１月２２日(土)に第９６回“対面式”グループワークを開催しました。その日も厳しい寒さでしたが、会場から見える和風庭園では、梅のツボミがずいぶん大きくなっていました。<br />	<br />　参加者お一人(３回目の参加）を迎えてのグループワークとなりました。本当に久しぶりの“対面式”グループワークでしたが、１００回近いグループワークの積み重ねによる「場の力」を感じさせられました。<br /><br />　今回のグループワークでは、参加された方の抱えている悩みや不安を中心とするいくつかの話題について、共に語り・共に聴きながら濃い時間を過ごせたと思います。その中には、私がスタッフブログに何回か書いたA女の話も出てきました。<br />	<br />　A女は、間もなく１歳１０ヶ月になります。A女の動作・表情を見ていると、大人の言っていることをある程度理解しているように見えます。例えば、「いち（１）」と言えば人差し指を立て、「に（２）」と言えば親指と人差し指を立てます。それなのに、「イチ」とか「ニ」と口では言えない時期がかなりありました（数ヶ月前から言えるようになりましたが）。<br />	<br />　分かっているのに、また音声を発することができるのに、「イチ」とか「ニ」と言えないのはなぜなのか？　不思議に思っていました。これに対する答えは、育児書に書いてあることかも知れませんが、自分の頭で考えて、なかなか、答えが見つかりませんでした。<br />	<br />　ボンヤリとそんなことを思っているとき、中学校や高校で英語の発音を習ったときのことを思い出しました（７０年ぐらい前の話）。教科書・参考書に「唇のかたち」と「舌の位置」を描いた図があり、それを見ながら発音の練習をしたように思います。<br />	<br />　でも、日本語の発音の仕方を「唇のかたち」や「舌の位置」を示す図を使って、１〜２歳の幼児に教える人はいません。幼児は、大人がしゃべっている声を聴き、そのときの唇のかたちを見ながら、自学自習で、日本語の発音を身につけていくのです。<br />	<br />　このように考えると、「いち（１）」や「に（２）」を理解する時期と「イチ」や「ニ」を口に出して言う時期にズレがあることに自分なりの納得ができました。<br />	<br />　A女には、オギャーなどという「発声」はできるけれど日本語の「発音」ができない時期が１年以上あった訳です。これからは、思ったことをしゃべるようになっていくのでしょう。<br />	<br />　先日（02/17）、朝日新聞朝刊の「折々のことば」欄に『なんで、頭のなかで「こう言おう」と思わなくても人はしゃべれるの？』という５歳の女児の言葉が出ていました（古田徹也『いつもの言葉を哲学する』から）。これは、５歳の女児が自身の体験に基づいて発した問いなのでしょう。<br />	<br />　これを私の言葉で云い替えれば『自由に日本語の「発音」ができるようになっているので、自分の思いを「こう言おう」と頭の中で決めてから口に出すという手順は必要ない。自分の思いは、そのまま言葉（日本語）になって口から出てくる』ということになります。<br />	<br />　「思う私」と「しゃべる私」を分けて考えてみます。数ヶ月前までのA女には「思う私」と「しゃべる私」の間には高いバリアがあり、思っていてもしゃべれない「私」がいました。「折々のことば」欄の５歳の女児の場合には、「思う私」と「しゃべる私」はほとんどバリアフリーでつながっています。５歳の女児の中では、２つの「私」が共存しているのです。<br />	<br />　「思う私」と「しゃべる私」が共存しているときに、「私」の意識の世界全体を見渡すためには、「しゃべる私」の言葉（声）だけでなく「思う私」の言葉（動作・顔の表情など）も聴く必要があります。これが“心を込めて聴く”ということなのでしょう。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189182626.html</link>
      <title>１２月のブログ（第９６回　“対面式”グループワーク）</title>
      <pubDate>Mon, 06 Dec 2021 07:56:45 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　2021年も残り少なくなってきました。緊急事態宣言・まんえん防止重点措置が解除されて2ヶ月ほどの間に、国内ではコロナウィルス感染者の数が急激に減りました。これは、専門家にも予測できなかった状況のようです。	　サークル「囲炉裏」は、今年に入って3回のオンラインのグループワークを試行しました。しかし、昨年の3月から１年9ヶ月の間、対面式のグループワークを休んでいます。再開時期を探ってきましたが、来年の1月22日(土)に第96回グループワーク(対面式）を開催すること..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　2021年も残り少なくなってきました。緊急事態宣言・まんえん防止重点措置が解除されて2ヶ月ほどの間に、国内ではコロナウィルス感染者の数が急激に減りました。これは、専門家にも予測できなかった状況のようです。<br />	<br />　サークル「囲炉裏」は、今年に入って3回のオンラインのグループワークを試行しました。しかし、昨年の3月から１年9ヶ月の間、対面式のグループワークを休んでいます。再開時期を探ってきましたが、来年の1月22日(土)に第96回グループワーク(対面式）を開催することにして、準備を進めることにしました。<br />	<br />　ただし、第6波が来年1月半ばにピークを迎えるとの予測もあります。また、オミクロン変異株の出現もあるので、第96回グループワークの開催日程については、今後とも検討を続ける必要がありそうです。<br />	<br />　会場は以前と同じく直行寺（京都府宇治市）さんの和室を使わせていただくことになりました。したがって、和風庭園を眺めながらのグループワークとなります。また、“密”を避けるために、スタッフ以外の参加者は２名以内にしたいと思います（先着順）。<br /><br />　久しぶりのサークル「囲炉裏」対面式グループワークで、参加者の皆さまと、共に聴き、共に語り、共に感じ合える時間を共有できることを願っています。<br />	<br />追記１）コロナウィルス感染症拡大防止のため、参加される方へのお願いがあります ① グループワーク前の検温　② グループワーク前後の手指の消毒　③ 咳エチケットの励行（マスクの着用義務）。また、当日、発熱など体調がすぐれないときには、参加を見合わせてください。なお、会場には非接触式体温計と手指消毒剤を用意します。<br /><br />追記２）最近、他のスタッフ(毛利)から『個人的な事情により、サークル「囲炉裏」のグループワーク活動を続けることが難しくなった』との連絡がありました。彼は、これまで、サークル「囲炉裏」のグループワーク活動を支えてきました。最近の例でいえば、オンライングループワークをサークル「囲炉裏」に採り入れることを提案し、実施にこぎつけるために大きな役割を果たしました。彼と共につくってきたサークル「囲炉裏」グループワークの暖かい場を、これからも、参加者の皆さまと共に育てていきたいと思っています。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/189104605.html</link>
      <title>１０月のブログ（共感的理解-２）</title>
      <pubDate>Sun, 31 Oct 2021 15:48:49 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル「囲炉裏」は、現在、グループワーク活動を休止中です。コロナ禍の状況しだいということになりますが、来年1月には対面式グループワークを再開したいと思っています。詳細は、11月末か12月上旬にお知らせします。	　先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後１年６ヶ月になるA女について、母親の話や近くで見て感じたことを書いてみたいと思います。	　A女は、胎児時代の性格を引き継いで、とても人見知りです（2020/10/25 スタッフブログ「胎児・乳児の心を考え..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル「囲炉裏」は、現在、グループワーク活動を休止中です。コロナ禍の状況しだいということになりますが、来年1月には対面式グループワークを再開したいと思っています。詳細は、11月末か12月上旬にお知らせします。<br />	<br />　先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後１年６ヶ月になるA女について、母親の話や近くで見て感じたことを書いてみたいと思います。<br />	<br />　A女は、胎児時代の性格を引き継いで、とても人見知りです（2020/10/25 スタッフブログ「胎児・乳児の心を考える」参照）。A女は胎児時代、超音波をあてられると、超音波に対し顔を隠し身体を背けてジーッとしていたそうです。これを「超音波見知り」というのでしょうか？　最近は、よく外歩きをしますが、A女の知らない近所の人が近づいてくると緊張して身体を硬くします。さらに近づいてきて話しかけられたりすると、大声でワーンと泣いて近所の人を撃退します。これは、文字どおりの「人見知り」です。<br />	<br />　また、A女は胎児時代、超音波の検査を受けるとき以外は、胎内でよく動き回っていたそうです。今も、自宅では、休むことなく動き回っています。何もせずボーッとしていることがありません。現在のA女には、やりたいことが山ほどあるのでしょう。<br /><br />　A女の中にある「人見知り」と「やりたいことが山ほどある」という組合せは、なかなか、足並みが揃いません。<br />	<br />　「やりたいことが山ほどある」のは、近親者しかいない自宅などだけです。誕生後３〜４ヶ月のときには、よく顔を合わせる人たち（主に家族）に対しては、身体の力を抜いて手脚をばたつかせていましたが、顔を合わせる頻度の低い人たち（産院の先生・看護師さんや近所の人たち）の前では、緊張し身体を硬くしてジーッとしていました。生後1年6ヶ月ちかい現在でも、近親者だけがいる場では「やりたいこと」をやるのですが、それ以外の人（大人でも子供でも）が近くにいると、「やりたいこと」をせずに身体を硬くしてジーッとしています。<br /><br />　日本大百科全書には「人見知り」の項に「生後6か月前後から、見慣れている人とそうでない人とをはっきり区別するようになる。これは当然、視覚の発達に負うところが大きく、目で人の顔の輪郭の違いを正しく認識するようになることが必要である」という記述があります。A女の場合には、もっと前から「人（超音波）見知り」をしていたのですから、目以外の器官で母親（あるいは近親者）とそれ以外のモノ（者・物）の違いを感じ取っていたのでしょう。<br /><br />　つぎに、母親の側から考えてみます。彼女は、夫などの協力を得ながら、A女のやりたいことを手助けし、また、その後始末に追われる日々を過ごしています。私たちは、言葉による情報交換にばかり頼っているので、言葉によらない表現（言葉にならない音声・動作・表情などによる）に鈍感になっています。しかし、A女の母親はA女と毎日を過ごすことで、A女の言葉によらない表現にかなり敏感に反応できるようになっています。カウンセリングの言葉でいうと、言葉によらない表現を共感的に理解できるようになっています。こうなるためには、言語表現に対する共感的理解に比べ、相手とのより深いそしてより長い交わりが必要です。<br />	<br />　A女の発する言葉によらない表現を共感的に理解できる母親が「ズッと傍にいる」「見守ってくれる」あるいは「手助けしてくれる」という安心感。この安心感が、A女を（母親・近親者の前では）やりたいことが山ほどある活動的な子に変えているのでしょう。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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        <item>
      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188949285.html</link>
      <title>８月のブログ（共感的理解）</title>
      <pubDate>Wed, 25 Aug 2021 11:03:58 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル「囲炉裏」は、このところ、グループワーク活動を行っていません。できるだけ早い時期に再開したいと思っています。	　先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後１年４ヶ月になるA女のことについて書いてみたいと思います。	　A女はヨチヨチ歩きを始めています。移動するためには、ハイハイの方がズッとはやいのですが、A女の新たな挑戦なのでしょう。	　A女の挑戦に対して拍手して褒めると、A女は得意そうな顔をして、自分でも拍手をします。ときには、拍手をしてもらった人..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル「囲炉裏」は、このところ、グループワーク活動を行っていません。できるだけ早い時期に再開したいと思っています。<br />	<br />　先々月のスタッフブログに引き続き、間もなく生後１年４ヶ月になるA女のことについて書いてみたいと思います。<br />	<br />　A女はヨチヨチ歩きを始めています。移動するためには、ハイハイの方がズッとはやいのですが、A女の新たな挑戦なのでしょう。<br />	<br />　A女の挑戦に対して拍手して褒めると、A女は得意そうな顔をして、自分でも拍手をします。ときには、拍手をしてもらった人に向かってお辞儀をすることもあります。<br />	<br />　「何分間、立っていることができるか」「つかまらずに、どれだけ歩けるか」を自ら試し、私たちに自分の成長ぶりを伝えます。また、A女は、顔の表情・拍手・お辞儀で、自分の気持ちを私たちへ伝えようとしています。自分の気持ちを伝える技術は相当なレベルになっているようです。<br />	<br />　A女が大きな喜びを感じていることが、ひとり立ちやヨチヨチ歩き以外にもあります。それは、天井についている電灯を点けたり消したりすることです。<br />	<br />　一日に何遍でも、母親に抱っこしてもらって壁のON/OFFスイッチを押し、電灯を点けたり消したりします。そして、嬉しそうな顔をして、手脚をばたつかせ拍手をします。その表情やしぐさから、A女の喜びは、ひとり立ちやヨチヨチ歩きの場合と同じぐらい、あるいは、それ以上であることが分かります。<br />	<br />　なぜ、電灯を点けたり消したりすることがA女にそのように大きな喜びを与えるのでしょうか。「何で、そんなことが面白いの？」というのが、母親はじめみんなの疑問です。これに対する答えのひとつとして以下のストーリーを考えてみました。<br />	*****************<br />　A女は、ひとり立ち・ヨチヨチ歩きができるようになって、ハイハイのときには届かなかった高いところにあるモノに触ったりなめたりすることができるようになりました。立って手が届くところにあるモノは、A女の自由になるのです。ところが、天井からぶら下がっている電灯には、立っても手が届きません。A女は「天井にある電灯は自分の自由にならない」と思い諦めていました。<br />	<br />　ところが、偶然にも、壁のON/OFFスイッチを押せば、天井にある電灯を点けたり消したりできることを知ったのです。壁のON/OFFスイッチは、母親に抱っこしてもらえば手の届く高さにあります。<br />	<br />　ひとり立ち・ヨチヨチ歩きしても手が届かないところにある電灯を「自由に」点けたり消したりできる。壁のON/OFFスイッチは、魔法使いが魔法をかけるときに使う杖のような存在です。A女は、魔法の杖（ON/OFFスイッチ）を使って、電灯に魔法をかけているのです。<br />	*****************<br />　A女はつまらない理屈をいっさい考えずにON/OFFスイッチを押し、電灯が点いたり消えたりするのを見て「魔法がかかった！！」と全身で喜びを表現しています。<br />	<br />　一方、私は電灯とON/OFFスイッチが壁の中のコードでつながれていることを知っています。この知識をもとに考える限り、A女の気持ち（大きな喜び）を理解することはできないでしょう。私は、コードの存在をいったん忘れることで、はじめてA女の気持ちをその身になって理解できたと思います。<br />	<br />　自分の知識・考えをいったん脇に置いて、相手の気持ちをその身になって理解することを、カウンセリングでは「共感的理解」と言います。今回、A女から「共感的理解」の基本を教えてもらった気分です。<br /><br /><br />	<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188789125.html</link>
      <title>６月のブログ（知恵熱）</title>
      <pubDate>Fri, 25 Jun 2021 14:01:36 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル「囲炉裏」は、コロナ禍で、１年以上の間、対面式グループワークを開催していません。各地で、コロナワクチンの接種がすすんでいますが、新型コロナ発生状況がどのように変化するでしょう。	　今回のスタッフブログでは、久しぶりにA女のことを書いてみます。	　A女は、間もなく、生後１４ヶ月になります。最近では、モノにつかまらずに立ったままの姿勢をとることができるようになりました（１分間ほど。まだ、歩くことはできません）。また、しょっちゅう口から音声を発していますが、..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル「囲炉裏」は、コロナ禍で、１年以上の間、対面式グループワークを開催していません。各地で、コロナワクチンの接種がすすんでいますが、新型コロナ発生状況がどのように変化するでしょう。<br />	<br />　今回のスタッフブログでは、久しぶりにA女のことを書いてみます。<br />	<br />　A女は、間もなく、生後１４ヶ月になります。最近では、モノにつかまらずに立ったままの姿勢をとることができるようになりました（１分間ほど。まだ、歩くことはできません）。また、しょっちゅう口から音声を発していますが、注意して聴いていると、単語らしいモノも混じっています。<br />	<br />　A女は、健康優良児で、誕生日を過ぎるまで病気らしい病気をしたことがありませんでした。ところが、今月（6月）のはじめ、突然、熱を出しました（最高 38.6 ℃）。周りの者は右往左往させられたようです。でも、１日ほどで、平熱に下がりました。いわゆる「知恵熱」といわれるものだったのでしょう。<br />	<br />　日本大百科事典の「知恵熱」の項には「生後6か月前後の乳児にみられる原因不明の発熱。最近は発熱の原因が明らかになることが多く、この用語は用いられなくなっている。・・・」とあります。<br />	<br />　A女は、平熱に下がってから発疹がでました。その発疹は数日を待たず消えたそうです。母親がネットで調べたところ、A女の知恵熱は「突発性発疹」によるものだったようです。<br />	<br />　A女の知恵熱の話から、いきなり人類史の話に跳びます。ヒト（<em>Homo sapiens</em>）の祖先がチンパンジーの祖先と分かれたのは６００万年程度前。また、３００万年前にはヒトの祖先が直立二足歩行に移行していたことが明らかになっています（星元紀・松本忠夫・二河成男「初歩からの生物学」（日本放送出版協会）の第３章）。<br />	<br />　つまり、ヒトの祖先が四つ足歩行から直立二足歩行に移行するのに３００万年近くの歳月が必要だったということです。<br />	<br />　また、ヒトがアフリカで誕生したのは２０万年前です。そして、音声言語の使用を始めたのは７万５千年前といわれています（前掲書の第１５章）。<br />	<br />　ヒトが誕生してから言葉をしゃべりだすまでに、１０万年以上かかったことになります。<br />	<br />　A女は、私たちの祖先が数百万年をかけて達成した「四つ足歩行（ハイハイ）から直立二足歩行」への移行、また、十万年以上をかけた「言葉のない世界から言葉のある世界」への移行を、一年チョットの間に、しかも同時に、追体験しようとしているのです。<br />	<br />　これでは、心身ともにバランスが狂ってくるのは当然でしょう。私たちの祖先による長い歴史を猛烈なスピードで走り抜けるためにおこる身と心におけるアンバランスが「知恵熱」の原因になっていると考えてよいように思います。A女の場合には突発性発疹のかたちで現れましたが、咽頭炎や感冒などのかたちで現れることも多いようです。<br /><br />　近代医学では、乳児期におこる突発性発疹や咽頭炎・感冒を、個々の病人（乳児）から切り離して、みています。乳児を育てているお母さんの場合には、そうでなく、知恵熱に苦しむ病人（乳児）をみています。<br /><br />　数十年前に子育てをした人が「知恵熱とはよく言ったもの。本当にそのとおりよ。はじめて歩く、はじめておしゃべりをする〜身体も頭もついていけない状態なんでしょうね」と語ってくれました。<br /><br />　最近では、発熱の原因が明らかになることが多く、知恵熱という言葉は用いられなくなっているそうです。お医者さんには「突発性発疹」「咽喉炎」などの用語がよいのでしょうが、乳児を育てるお母さんのために「知恵熱」という言葉を残しておいて欲しいものです。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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        <item>
      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188612054.html</link>
      <title>第３回オンライングループワーク（シテとワキ）</title>
      <pubDate>Sun, 25 Apr 2021 16:18:06 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル｢囲炉裏」は、対面式のグループワーク活動を１年間以上行っていません。コロナ禍の現状を考えると、対面式のグループワーク活動を再開できる目処は立っていません。	　そこで、サークル「囲炉裏」では、対面式のグループワークに替わる試みとして、２月末から少人数によるオンライングループワーク活動を始めました。	　３月に２回目、そして４月１０日（土）に３回目のオンライングループワークを開催しました。第３回では、インターネットによる参加申込み者がゼロでしたので、スタッフ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル｢囲炉裏」は、対面式のグループワーク活動を１年間以上行っていません。コロナ禍の現状を考えると、対面式のグループワーク活動を再開できる目処は立っていません。<br />	<br />　そこで、サークル「囲炉裏」では、対面式のグループワークに替わる試みとして、２月末から少人数によるオンライングループワーク活動を始めました。<br />	<br />　３月に２回目、そして４月１０日（土）に３回目のオンライングループワークを開催しました。第３回では、インターネットによる参加申込み者がゼロでしたので、スタッフ２人だけのグループワークとなりました。<br /><br />　参加者が２人の場合には、相手の姿が、常に、パソコン画面上に大きく映し出されるので、対面式のグループワークに近い感じがしました。<br /><br />　今後、オンライングループワーク経験を積み重ねて、皆さまとともに「安心・安全な居場所」づくりを目指していきたいと思います。<br />	<br />　（なお、コロナ禍の状況を見ながら、対面式のグループワーク活動を再開したいと思っています）<br />	<br />　今回のスタッフブログでは、第３回オンライングループワークで話し合ったことに関連して、つぎのA)およびB)について考えてみます：<br />	A)言葉をしゃべることができなくなったお年寄りの世話（介護）<br />	B)まだ、言葉をしゃべることができない赤ちゃんの世話（育児）<br />	<br />　能では、主役を「シテ」、その相手役を「ワキ」というそうです。この言葉を借用すれば〜「世話を受ける人（お年寄り・赤ちゃん）がシテで、世話をする人がワキを演じるとき、よい介護・よい育児となる」と言えそうです。<br />	<br />　例えば、① お年寄りに誤嚥性肺炎を起こさせないようにユックリ食べさせる、あるいは、② 赤ちゃんの泣き声から「おむつが汚れて、気持ち悪い」というサインを感じとり、おむつを替えてやる。これらの場合、世話をする人は、シテ（お年寄り・赤ちゃん）を支えるためにワキ役を演じています。<br />	<br />　私たちは、言葉による情報交換にばかり頼って、言葉によらない表現（言葉にならない音声・動作・表情など）に鈍感になっています。しかし、言葉をしゃべることができなくなったお年寄りの介護・言葉をしゃべることができない赤ちゃんの育児では、世話をする人は、相手の言葉によらない表現を敏感に感じとって、それに反応しなければなりません。<br /><br />　これができないと、世話をする人はネットや本で得た知識・他人から聞いた話や自分の考えを相手に押しつけてしまいます。この場合には、世話をする人がシテで、世話を受ける人（お年寄り・赤ちゃん）がワキを演じることになります。<br />	<br />　このように、シテとワキの立場が逆転すると、世話を受ける人（お年寄り・赤ちゃん）は受け身になり「この人（世話をする人）は私の気持ちを分かってくれない」ということを本能的に感じ、両者の間に信頼関係は生まれません。これでは、よい介護・よい育児と言えないでしょう。<br />	<br />　私は、現在、介護・育児の現場にかかわっていません。「現場の苦労を知らないから、そんな気楽なことが言えるのだ」と思われるかも知れません。でも、私は８０歳になっていますので、介護の現場は他人事と思えません。<br />	<br />　老老介護の場で、自分が介護する立場になったとき、シテを支えるワキ役を演じることができるのか。また、介護を受ける立場になったとき、受け身にならずにシテ役を演じることができるのか。興味津々です。<br /><br />　オンライングループワークでも、いろいろのことを教えてもらい、考えさせてもらっています。よろしかったら、サークル「囲炉裏」のオンライングループワークに参加して共に語り合い・聴き合ってみませんか。　<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188479544.html</link>
      <title>第２回　オンライングループワーク</title>
      <pubDate>Thu, 11 Mar 2021 11:47:56 +0900</pubDate>
      <description>毛利昨日は囲炉裏の第二回 オンライングループワークでした。ちょうど定員の３名の方がお申込みくださり、スタッフ合わせて５人のワークとなりました。コロナ禍の影響もあり、外出する機会も減り、あらためて日常的なたわいもない会話の機会も減っている。お話を聞かせてもらいながら、このことに思いを馳せていました。オンライン（zoom）という形式でのワーク、まだまだ試作段階ではあります。それでも、顔をみながら、ゆっくりとしたコミュニケーションがとれる場。そして、安心・安全なオンラインの「場」を..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">毛利</div><br /><br />昨日は囲炉裏の第二回 オンライングループワークでした。<br />ちょうど定員の３名の方がお申込みくださり、スタッフ合わせて５人のワークとなりました。<br /><br />コロナ禍の影響もあり、外出する機会も減り、あらためて日常的なたわいもない会話の機会も減っている。<br />お話を聞かせてもらいながら、このことに思いを馳せていました。<br /><br />オンライン（zoom）という形式でのワーク、まだまだ試作段階ではあります。<br />それでも、顔をみながら、ゆっくりとしたコミュニケーションがとれる場。<br />そして、安心・安全なオンラインの「場」を、コツコツと耕していければと思います。<br /><br />よかったら、囲炉裏の場にどうぞお越しください。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188435788.html</link>
      <title>離乳期における成長を考える</title>
      <pubDate>Thu, 25 Feb 2021 13:45:25 +0900</pubDate>
      <description>事務局　　忠夫　サークル｢囲炉裏」は、コロナ禍のもとで３密を避けるため、対面によるグループワーク活動を１年間近く行っていません。コロナ禍の現状を考えると、対面によるグループワーク活動をいつ再開できるかの目処は、まだ、立っていません。	　そこで、前月のスタッフブログでお知らせしたように、２月２７日（土）に、オンラインによるサークル「囲炉裏」グループワークを開催することにしました。	　このオンライングループワークは、サークル「囲炉裏」の対面グループワークの経験を踏まえて、少人数で..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">事務局　　忠夫</div><br />　サークル｢囲炉裏」は、コロナ禍のもとで３密を避けるため、対面によるグループワーク活動を１年間近く行っていません。コロナ禍の現状を考えると、対面によるグループワーク活動をいつ再開できるかの目処は、まだ、立っていません。<br />	<br />　そこで、前月のスタッフブログでお知らせしたように、２月２７日（土）に、オンラインによるサークル「囲炉裏」グループワークを開催することにしました。<br />	<br />　このオンライングループワークは、サークル「囲炉裏」の対面グループワークの経験を踏まえて、少人数で行いたいと思います。少人数で行うことにより、参加者のしゃべる言葉を聴かせてもらうだけでなく、しゃべっている方の言葉によらない表現も、お互いに、感じ合えるのではないかと期待しています。<br />	<br />　なお、今後ともコロナ禍の状況を見ながら、対面グループワーク活動の再開時期を検討していきたいと思います。<br />	<br />　前々回に引き続き今回のブログでも、A女（間もなく生後１０ヶ月）の身振り手振り・言葉にならない声・表情などをもとに感じたことを書いてみます。<br />	<br />　A女は、離乳食を口に入れ始めました。最近では、周りの大人が何か食べていると、身を乗り出して茶碗やお皿に残っている料理を手づかみにしようとします。周りの大人がそれを止めると、A女のブーイングが始まります。<br />	<br />　何人かの大人が囲んでいる食卓に向かい、母親に抱っこされながら、離乳食を口に入れてもらうとご機嫌です。お腹がすいているときには、のどにつかえるのではないかと心配になるほどの勢いで離乳食を口に入れ飲み込みます。<br />	<br />　母乳を飲んだばかりのときでも同じような行動をとりますから、料理を手づかみにしようとしたりブーイングを始めたりするのは、「食べたい」という気持ちだけでなく「大人と同じことをしたい」という気持ちを表現しているのではないでしょうか。<br />	<br />　「大人と同じことをする」ことで大人とつながります。この「大人とつながっている」という感覚が、A女に安心感を与えるように思います。<br />	<br />　胎児〜乳児の時期、赤ちゃんの心身は母親と強くつながっています。生後数ヶ月の赤ちゃんは、真似をするという意識もなしに、母親と同じことをするそうです（例えば、母親が舌を出したら赤ちゃんも舌を出す）。「母親と同じことをする」ことにより、母親とつながっているという安心感を得るのでしょう。<br />	<br />　産まれてから数ヶ月の間、赤ちゃんの心の世界に住んでいるのは母親だけです（母子一体）。母親でなく、それに代わる女の人（おばさん、おばあさん等）であってもよいのですが、男の人（父親、おじさん、おじいさん等）ではダメなようです。<br />	<br />　離乳食の時期になって、母親（または、母親がわり）以外の大人（父親など）が食事をしているのを見ても、彼らと同じことをしたがる。これはA女が心の世界に父親やその他の家族・親族を受け入れ、彼らとつながりを持ち始めていることを示唆します。<br />	<br />　A女と周りのモノ（者・物）との関係をとおして見てみると、離乳期における心の成長（心の世界に、母親だけでなく母親以外の人を受け入れ始める）と身体の成長（体内に、母乳だけでなく離乳食を受け入れ始める）は連動しています。A女は「心の成長と身体の成長を切り離して考えることはできない≃心身は一如である」ことを大人に伝えているように思えます。<br />	 <br />　２月２７日（土）には、パソコンのスピーカーから漏れる声と画面に映しだされる像をとおして、どんなことを学ばせてもらえるのでしょう。オンライングループワークを楽しみにしています。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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      <link>http://circle-irori.sblo.jp/article/188357619.html</link>
      <title>オンライン グループワークの開催</title>
      <pubDate>Sun, 31 Jan 2021 13:14:51 +0900</pubDate>
      <description>毛利おそばせながら、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。さて、コロナ禍で長らく休止していたグループワーク。昨今の状況を鑑みても、おそらく今年の再開すらも難しそうな気がしています。そのような中での打開策、あるいは試験運用として、グループワークのオンライン開催をしてみようと思います。直行寺さんの畳の「場」で膝をつき合わせて語らう、それとはまた異なった空間になることでしょう。しかしながら、せっかく時間があるので、いろいろと試行錯誤してみたいと思いま..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:right;">毛利</div><br /><br />おそばせながら、新年あけましておめでとうございます。<br />本年もどうぞよろしくお願いします。<br /><br />さて、コロナ禍で長らく休止していたグループワーク。<br />昨今の状況を鑑みても、おそらく今年の再開すらも難しそうな気がしています。<br /><br />そのような中での打開策、あるいは試験運用として、グループワークのオンライン開催をしてみようと思います。<br />直行寺さんの畳の「場」で膝をつき合わせて語らう、それとはまた異なった空間になることでしょう。<br />しかしながら、せっかく時間があるので、いろいろと試行錯誤してみたいと思います。<br /><br />至らぬ点も多々あるかとは思いますが、今の時代に即応したサークル「囲炉裏」の新たな歩み。<br />よろしかったらぜひ、ご一緒ください。<a name="more"></a>

]]></content:encoded>
            <category>日記</category>
      <author>サークル「囲炉裏」</author>
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